慶応高校 107年ぶりの優勝~過去から来た未来~

高校野球

野球の神様が、これ以上ない結末を持って甲子園球場上空で微笑んでいた。

実はこのところ、高校野球界は惓んでいた。
世の中の流れと同じく自由化や多様性を叫ぶ気運が高まっていて、また一方では伝統と格式を守ろうと懸命な人たちがいた。

明治維新さながらの構図を目の当たりにしながら、私は密かにずっと心を痛めていた。
どちらの思いもよくわかるからだ。

自分の大好きなものが渦中にさらされることで痛感したけど、一般的な歴史の善悪って本当に当てにならない。

勝った方が官軍だから。

私も今まで有無を言わさず倒幕派が好きだった。
革命を起こす人たちのかっこよさの方にだけ目を奪われていた。
幕府はなんであんなに頑なやったんやろう?と思ってた。

でも自分がいる世界がいざこうなってみたら、話はそんなに単純じゃなかった。

中でも特に意見が真っ二つに分かれていたのは頭髪問題。

高校球児はなぜ坊主頭なのか?
特にこの話は野球界以外の人々の関心も大いに集め、内外あちこちで喧々諤々と議論されてきた。

個人的な意見として私は「全員坊主が望ましい」と考えていた。

でも理由を聞かれても「それが伝統だから」としか言いようがなくて我ながら説得力がないなと思っていたし「この多様性の時代になに言うてんねん」と反論されるともう返す言葉なんてなかった。

なのでたくさん考えて、色んな人と話もしたしあらゆるジャンルの色んな本を読んだ。
そうしたら、ある本にこんなことが書いてあった。

「伝統は革新しながら守っていくもの。柔軟に時代に合わせながら続いていくもの。」

私はそれまでずっと右往左往していたけど、これで全てを理解し、ただ黙ってその時を待つことにした。

「伝統の中からしか革新は生まれない」

私はこの言葉をこう解釈し、その瞬間、頭に浮かんだのが「慶応」の二文字だった。

『エンジョイベースボール』を謳う慶応高校は、押しも押されもせぬ伝統校でありつつ、昔から頭髪は自由だった。
慶応が活躍してくれたら全部解決するのになぁ、とぼんやり考えていた。

高校野球に関する私の直感は、昔からおそろしいほど正確だ。
今年の春、慶応が4年ぶりのセンバツの舞台に現れたとき、私はにやりとした。
初戦で仙台育英と接戦の末に敗れたものの「その調子でがんばって!」と心の中で声をかけた。

夏の予選はハラハラしすぎるので兵庫県以外はあまり根をつめて見ないようにしてるんだけど、大会中に「慶応戦でハマスタ超満員やったらしいで」という噂を耳にした時点で、なんとなく胸騒ぎがしていた。
でも期待しすぎると実現しにくくなるのでその話はすぐに忘れ、兵庫大会に集中した。

慶応が神奈川大会を勝ち抜いて甲子園が始まってからも、今年はなんだか上の空だった。
極力どの試合も見ないようにして、ただ祈った。
「高校野球界にとって最善の未来がもたらされますように」と毎日ただ祈りながら、誰に伝えることもなく日々の生活を淡々と過ごしていた。

そして準決勝の日、甲子園まで見に行っていた友人から送られてきた動画は、奇しくもアルプスが一丸となっている『ダッシュKEIO』だった。
戦前から連綿と紡がれてきた伝統は、世紀も戦争も何もかもを経て、今もただそこにあった。
「ほら、これが高校野球だよ!」と慶応アルプスが全身で、全体で世の中に伝えているみたいだった。

「高校野球の醍醐味やな」とだけ書かれた伝統校出身の友人のシンプルな言葉に、涙が止まらなかった。

そして今日、慶応は107年ぶりに夏の甲子園の頂点に立った。

決勝だけはしっかり見たけれど、慶応も相手の仙台育英も審判もスタンドも、その場にいる全ての人が野球を楽しんでいた。
今まで色んなことがあったし、きっとこれからも色んなことがあるけれど、令和5年に慶応が優勝したことで、きっと今日、色んな風穴が開いた。

慶応が勝つなら、慶応が長髪なら、誰も文句無しの大団円だ。

やはり革新は伝統の中から生まれたのだ。

自由で柔軟な気風を持つ伝統校が、無血開城で『高校野球』を救ってくれた。

戦後の高度成長と一緒に歯を食いしばりながら頑張ってきた高校球児たちが、堂々と笑顔で野球ができる時代の、最初の1日が暮れていこうとしている。
甲子園球場周辺は今、激しいゲリラ豪雨と雷に見舞われている。大仕事を成し終えた神様が豪快な祝杯をあげているのかもしれない。さすが野球の神様らしい。

これから野球をはじめる子供たちには、自分が好きなカラーのチームで高校野球をしてほしいと心から願う。
その子たちの中には、坊主頭の野球部に憧れている子だっている。
その子たちが坊主頭で高校野球をする多様性も認めてもらえる世の中が続いたらうれしい。

野球の神様は、万人の言い分を聞き届けるために、過去から未来へと慶応高校を連れて来てくれたんじゃないだろうか。決勝の相手は史上7校目の連覇をかけた仙台育英という最高の舞台を用意して。
数えきれないほど沢山の人々の107年分の祈りと共に。

編集長

編集長

神戸を愛し神戸に愛され続けて38年😆👍(つまり38歳)人と喋ることと文章書くことが好き過ぎて、うっかり編集長になってしまったタイプです。神戸及び兵庫県の『人』をクローズアップしたインタビュー記事をメインに、神戸っ子たちのコラムも充実♫ 地元の人にも神戸以外の人にも、軽〜く友達感覚で読んでもらえたらうれしいです😊💓

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