「エナジックスポーツ高等学院&社会人野球エナジック」

インタビュー

最近、高校野球で耳にすることが増えた「通信制高校」。

私が高校生だった20年前にも通信制高校はあったが、「高校野球」や「甲子園」とは無縁の存在だった。

通信制高校というと、通学は週に1回、授業は無くてレポート提出のみ、というイメージを持つ人は多いだろう。

一定以上の年齢の人は、おそらく私と同じ感覚を持っていると思うが、今、時代は大きく変化している。

通信制高校が高校野球に加入し、ましてや甲子園出場を果たしている学校まである現状には、以前から興味があった。

通信制高校の野球部は、どんな生活を送っているのかを見てみたくて、2022年4月に沖縄県名護市に創設されたエナジックスポーツ高等学院の神谷義宗監督の元を訪ねた。

名護市の過疎地域に建てられたエナジックスポーツ高等学院

エナジック高校がある名護市瀬嵩は、辺野古の近くにある過疎地域。

 
エナジックグループの大城博成会長が廃校になった出身小学校跡地に高校を作り、過疎集落の大きな活力源となっている。

エナジックグループは様々な事業を世界的に展開しているグローバル企業。沖縄出身の大城会長が利益を地元に還元しようと教育と福祉に力を入れている。

社会人野球チームを持ち、ゴルフ、卓球、ボウリングのアカデミー運営、福祉施設や温泉、各種スポーツ施設やクリーニング店、幼稚園の経営など手掛ける業種は多岐に渡る。

過去に企業が学校を作った例は多いが、近年では異例と言えるだろう。

さらには通信制高校が系列の大学を持っているケースはあれど、エナジックの場合は何よりも高校と並行して社会人野球チームを持っていることが異例中の異例であり、強みでもある。

現在、エナジックスポーツ高等学院がある名護市瀬嵩に両翼100mの球場や寮を建設中で、ゆくゆくは社会人チームもこちらに移行予定。
高校野球と社会人チームが隣り合わせで練習するという、とても珍しい形態になる。

現在は通信制だが2024年4月に全日制に移行予定

 

神谷監督によると「大城会長は最初から全日制の高校を作りたいと考えていて、今の1年生が3年生に上がるタイミングで全日制課程になる予定で、現在申請中なんです」

現在は星槎国際高校という通信制高校の連携校だが、2024年4月に全日制高校として独立予定だという。

「来年の4月からは全日制の、いわゆる体育科の高校になります」

というわけで、今回の取材は生粋の通信制高校では無く、あと1年だけの通信制高校ということになった。どちらかというと、かつて日本に多数あった企業型高校に近い。その上、体育科。どちらにせよ初体験なので、やっぱりワクワクする。

来春から、全日制のスポーツ専門高校になるエナジックスポーツ高等学院。

取材時(2023年2月)の生徒数は、野球コース15人とゴルフコース1人の計16人。

野球部の15人は全員が県内出身者。
今後も県内の子を中心に、1学年15〜20人の少数精鋭のチームを作っていくという。

沖縄県高校野球連盟の加盟には「その地域に暮らして対面で授業を受けること」が条件になっているため、現在は通信制だが授業は対面で行われている。

スポーツ専門高校だけど『文武両道』を目指している

 
スポーツ専門校というと、勉強が疎かになりそうに聞こえるかもしれないが、決してそんなことは無い。

「うちの学校は人間教育にも力を入れていて、スポーツマンとして明るく爽やかで健康的な人材の育成を掲げています。私自身も高校野球の指導では、ずっと文武両道を目指してきました。高校野球を通して生きる力をつけ、卒業後もお酒を飲みながらずっと付き合っていけるような教育をしたいなと。その信念がぶれる事は無いです」

「エナジックスポーツ高等学院でどんな文武両道ができるかと考えたときに、2年後には全日制にするということだったので、じゃあ最初からそういうカリキュラムを組んでいこうと、体育科コースのような感じで午前中の4時間は普通の授業、午後は専門課程の体育の授業を入れて、全日制になったときにはすぐに転換できるような体制を作っています。もう一つは、エナジック自体が世界に羽ばたいている会社なので、将来、世界のどこにいても仕事が出来るように英語教育に力を入れようと、毎日の朝学習を取り入れています。3年間やれば、ある程度の基礎的な英語力は身に付く。ゴルフでも活躍すれば世界に行くし、野球でもメジャーがあるし、うちの会社に入ったとしても世界と取引があるので、英語をしっかり学んでいくことによって、社会に貢献できる人材育成をという思いでやっています」

エナジックスポーツ高等学院では英語教育に力を入れており、毎朝20分の英語学習を取り入れ、午前中は対面での普通科目の授業。午後は専門の体育科目と部活動を行なっている。

「専門高校では、履修課程の3分の1は専門科目の授業を行うことが義務付けられているんです」

そう話す神谷監督(68)は、これまで43年間、沖縄県の公立高校を渡り歩き、浦添商業と美里工業を甲子園に導いてきた。

資格取得を推進し、幅広く考えられる進路

 
専門課程の高校を歴任し、「目先の勝敗よりも、大切なのは生涯賃金」が持論の神谷さんは、今まで赴任した学校では『資格取得』を推進してきた。

「沖縄は貧困家庭が多いからね。難しい資格を取得して大企業に就職したら良いお給料がもらえる。そうすると本人も喜ぶし親も喜んでくれる」

美里工業時代は、難易度の高い第一種電気工事士の資格取得率で全国1位に輝いた実績を持つ。

エナジックスポーツ高等学院でも、情報処理検定やワープロ検定など様々な資格取得により、子供たちに社会で生き抜く力を身に付けさせてあげたいと考えている。

 
「60歳で定年してから65歳までは、5年間、美里工業で時間講師をしていました。ちょうどその契約が切れるタイミングで県内外の複数の学校から野球部の監督になってほしいと依頼が来たんですが、1番自由度が高くて僕の思いを実現できるなと思ったのがエナジックスポーツ高等学院だったんです」

高校は創設2年目で卒業生はまだ出ていないが、卒業後の進路は大学進学をはじめ、社会人チームへの入団や母体企業への就職など可能性は幅広く考えられる。

プロ野球並みに充実した環境と地域貢献

現時点でも授業や食事をする校舎の他、屋内練習場、トレーニング室、仮設寮が設置され、環境はプロ野球レベルに充実していて、近くのエメラルドグリーンの砂浜でのトレーニングも行っている。

 
コーチ陣は神谷監督のかつての教え子3人が担い、エナジックに「神谷野球」を浸透させている。

過疎地域の活性化にも力を入れ、台風時には河川の土嚢積み等の手伝いをしたり、高齢者が多い集落の中で、すでになくてはならない貴重な若い人手となっている。

神谷監督のモットーは『明るく楽しく元気よく』。

「苦しく思うか楽しく思うかは心の問題。きつい練習も明るく楽しく元気よくやっていると良いチームになる。良いチームになると、周りに応援してもらえるようになります」

神谷さんが高校野球の監督を志したきっかけ

 
実は神谷監督自身は、高校野球を経験していない。中学時代は野球部だったが高1の入学時に病気で入院したため野球部に入部できず、その後バレーボール部で春高バレーに出場し、ちょうど本土復帰の境目だったので、行きだけはパスポートを持って大会に参加。琉球大学では野球部で4番を打っていた。

「中1のときの体育の先生がすごく良い先生で大好きだった。その年に我喜屋さんたちが甲子園に出場して、興南フィーバーを目の当たりにしたこともあって、すごく野球に憧れました。でも自分が甲子園に行きたいというよりは、体育の先生になって甲子園に出たいなと、その時点で明確になったんです」

自分が甲子園に出ることではなく、教師として、監督として甲子園に出てみたいと考えた中学1年生の夢は、現実のものとなった。

「エナジックでも3年以内に甲子園に出場すると、いつも豪語してます。それは自分に言い聞かせる為でもあるんですよ」

この言葉に、神谷さんの男の覚悟が垣間見える。

地域から応援されているチーム

取材後、神谷さんが学校近くの民家で夕食に呼ばれているとのことで、私もお誘いいただき、少しだけおじゃまさせてもらった。

民家のご夫婦は家の前に高校ができたことをとても喜んでおり、週に1〜2回、神谷監督を招いて庭先で夕食を食べる事も楽しみになっていると話していた。

 
「エナジック高校が甲子園に出たら、現地まで応援に行きますか?」と聞いてみると「もちろん!それが楽しみなの!」と、にこやかに答えてくださった。

「昔はね、ここ、小学校だったから、いつも朝から子供たちの声が賑やかで、私たち、毎日すごく楽しかったの。それが廃校になっちゃって、寂しくなったなーと思ってたら高校ができて、もううれしくて仕方ない!朝から高校生の元気な声が聞こえると、こっちまで若返るような気がしちゃう(笑)」

地域から応援されるということが大切な高校野球において、エナジックスポーツ高等学院は、そこもクリアしている。

2022年10月の沖縄県1年生中央大会では早くも優勝し、チームとしても勢いに乗る。

革新的な学校の登場と時代の流れ

 
この学校の在り方はとても革新的。好きなものに特化して打ち込める環境は、やりたい事が明確な子供にとっては最適で、時代のニーズにマッチしているのだろう。

エナジックスポーツ高等学院の野球部の生徒たちの表情が活き活きしていたことが、何よりの証拠ではないだろうか。

新しい形が広がりを見せる今、本当なら真っ先に受け入れて柔軟性を見せたいところだが、最先端のスタイルに、私はまだ完全にはついていけていないところもあるものの、他の競技では通信制高校の活躍は既に認知されているし、世の中は多様性を認める流れになってきている。

今後、通信制高校やスポーツ専門高校の選手が活躍し、この形が当たり前になる頃に、遅ればせながら私の頭も追いついていくのだろう。

今回の記事を書くに当たって、沖縄の新聞2社の運動部の方にもご意見を伺ってみた。

「中学生の選択肢が増えるのは良いことなのかなと思っています。沖縄の人々は通信制高校が甲子園に出場しても、地元の子たちがやってるから好意的に見るんじゃないかと思います」

中学生の選択肢が増える。それは確かに良いことだ。高校野球をはじめ、学生野球の主役は子供たち。
その子たちと親御さんが最適と判断して選んだ道ならば、どの選択肢も応援したい。

社会人野球チーム・エナジック

 

エナジックは2008年から社会人野球チームを持っている。
沖縄では沖縄電力に続いて2つ目の企業チームで、監督は元プロ野球選手の石嶺和彦さん。
コーチには複数のチームで社会人野球経験を持つ定岡康彦さんや、元プロ野球選手の糸数敬作さんという豪華な布陣。

前回のコラムでも書いたが、私は社会人野球に明るくないので、今回は恥ずかしながら、社会人野球の基本の「き」の部分を伺ってきた。

—石嶺和彦監督—

 
まず、同じようにお給料をもらって野球をしているプロ野球とはどう違うのかを石嶺監督に尋ねてみた。

 
「プロ野球との1番の違いは、野球だけじゃないところです。通常の業務との連携があり、両立させないといけない。試合には勝たなければいけないが、野球中心にはできない難しさがあります」

この言葉を聞いて、ふだん高校野球の取材ばかりしている私は、脳天に稲妻が走る思いがした。

社会人野球の厳しさについては友人たちから聞いてはいたが、実際に現場にいる人の言葉からは、ものすごく重みを感じた。

「都市対抗や日本選手権に『行きたい』ではなく、『絶対に行くんだ』という気持ちでやっています。そのために日々努力しています。選手は揃ってきているので、意識を高く持ってやっています」

石嶺さんは、豊見城高時代に、栽弘義監督の厳しい指導を受けて育っている方なので、「栽さんからは、どんな教えを学ばれましたか?」と聞いてみると「栽さんは、とても厳しい方で、絶対に妥協しない人だった」と貴重な証言を聞かせてもらうこともできた。

—定岡康彦コーチ—


定岡コーチはNKKという社会人チーム時代に、都市対抗で準優勝の経験を持つ、アマチュア球界のレジェンド。

 
定岡さんは「野球をさせてもらっている会社には、とても感謝しています。やりたい野球でお金を頂けているというのは、本当にありがたいことだし幸せなことだと思っています。なので会社での生活態度というのはとても重要」

他社の社会人チームも経験している定岡さんは「社会人はユニフォームを着ているときは仲間のミスも許さない風潮があるが、ユニフォームを脱いだら和気あいあいとしています」

「社会人野球の理念には、相手をリスペクトするというのがあるんです。相手の選手や審判へのリスペクトは基本の理念」

そして「笑わないでくださいね」と前置きされた上で、「僕は高校の時から精神統一したいときは、ローソクに火をつけて、まばたきしないで見つめるんです。今はあまりしませんが、今でもたまにローソクの火を見たくなるときはあります」と話してくださった。
同じ話を他の監督さんがテレビで話していたのを聞いたことがあるので、今でいう〝瞑想〟のような効果があるのかもしれない。

そして、社会人野球でとても大切な部分だと感じたのは「イメージ力」。

「こういう打球が来たら、こう処理しようというイメージは色んなパターンで作っています」

「だから選手への声掛けも『具体的に何を目指しているのか?』という質問も、よくしますね」

技術面の指導以上に『全力でやること』に重きをおいているのは、過去の経験が大きく影響している。

NKKのコーチ時代、新日本石油との都市対抗の決勝での延長11回。外野が前進守備を取る中、セカンドがショートへの送球を逸らして逆転サヨナラ負けを喫した。

その時のセカンドだった現・鹿児島実業監督の宮下さんに「僕の体はどうなってもいいんで、朝練付き合ってください」と頼まれ、翌日からセカンドからショートに投げる練習を毎朝ボール2箱分行った。

「彼は今、あの経験を鹿実の生徒たちにしっかり教えていると思います」

社会人野球とは『全力プレー』と、どれだけ『イメージ力の豊かさ』を持っているかが鍵なんだなと、とても大切なことを教えてもらうことができた。

—難波孝光野球部長—

今回、糸数コーチにはお話を伺うタイミングは無かったものの、エナジックスポーツ高等学院の取材と2日間の送迎を担当してくれた野球部長の難波さんとは、色々とお話しをさせてもらうことができた。

 
難波さんは、若いのにとにかく冷静沈着で、ものすごくしっかり者。常に社内外の色々な人とのやり取りを担当し、社会人エナジックの屋台骨になっている人物だった。

高校も社会人も、今後の活躍が期待される

 
エナジックは幅広い事業を展開しているため、選手の勤務地も福祉施設やボウリング場、クリーニング店などバラバラ。
それも沖縄本島中に散らばっているため、以前は北部の大宜味で試合があるときは南部の糸満で働く選手が試合途中で勤務に向かうため早抜けしなければいけないようなことも、ままあった。

さすがにそれでは支障をきたすということで、昨年から試合の日は野球に専念できることになった。

また、普段の練習は午前中に行い、午後からはそれぞれの勤務地で通常の業務をする。

社会人チームは、現在は本島中部で練習しているが、数年後には高校のある名護市瀬嵩に拠点を移す予定。

高校野球と社会人は、一発勝負のトーナメントという点で一致しているので、お互いに良い刺激になりそうだ。

エナジックスポーツ高等学院の神谷監督をはじめ、コーチ、選手の皆さん、社会人エナジックの石嶺監督、定岡コーチ、難波部長、この度はお忙しい中、親切に接していただき本当にありがとうございました。

エナジックの高校と社会人、両方の野球部の今後のご活躍を楽しみにしています。

編集長

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神戸を愛し神戸に愛され続けて38年😆👍(つまり38歳)人と喋ることと文章書くことが好き過ぎて、うっかり編集長になってしまったタイプです。神戸及び兵庫県の『人』をクローズアップしたインタビュー記事をメインに、神戸っ子たちのコラムも充実♫ 地元の人にも神戸以外の人にも、軽〜く友達感覚で読んでもらえたらうれしいです😊💓

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