【高校野球コラム】第3回 東洋大姫路の生き字引 「タイガのおっちゃん」

高校野球

「タイガのおっちゃん」と聞いて、「わぁ懐かしい〜!」と思われるのは、きっと姫路周辺の人だけかもしれません。

神戸っ子の私にとっても、高校時代はよく東洋大姫路の練習を見に行かせてもらったりしていたので、すごく懐かしい響きです。

先日、平日の放課後にわざわざ東洋グランドに行っていた私と友人の歴史的文化財が実家で発掘されました。

東洋大姫路 思い出

放課後に多くの高校生たちが部活動に汗を流している中、山電と神姫バスに揺られていただけの私たち。
どう考えても気合の入れ所を間違えている。

でもそんな私たちに、この春勇退された藤田監督は「また神戸から来てくれたんかいな!ゆっくり見て行ってよ!」といつもにこやかに接してくださり、父兄さん達には「今から部員に差し入れのスイカ出すねんけどあんたらも食べるか?」「帰り、姫路駅まで車で送ったげよか?」と本当に親切にしてもらい、今考えたらなんとお礼を言えばいいのやらというほどお世話になりました。

「タイガ」はそんな東洋大姫路グランドすぐ近くにある駄菓子屋さん。
部員たちの行きつけのお店でもあり、私たちもよくジュースやお菓子を買っていました。
タイガのおっちゃんもいつも明るく話しかけてくれたことが懐かしく思い出され、先日、高校以来に会いに行ってみました。

姫路駅からバスに揺られること30分。

お店、まだあるかなぁとちょっとドキドキしながら向かいましたが、ありましたー!

中に入って事情を話すと、おっちゃんはすぐに相好を崩し、相変わらずのマシンガントーク。

今はお孫さんの子守りをするときだけ開店しているそうで、この日はたまたまこれからお孫さんが来られるので開いていたとのこと。
良かった、めっちゃラッキーでした。

アン君世代ぐらいまでは部員のみんなもよく来てくれたそうですが、それ以降は地元の姫路の子が減ってしまって、練習帰りに部員が立ち寄る文化はなくなってしまったそうです。

昔はもっとズラーッと商品が並んでいた店内ですが、今は真ん中にお孫さん用のベッドがでーんと置かれ、レトロさはそのままですが、お店の雰囲気はあの頃とずいぶん変わっていました。

タイガ 店内 レトロ

おっちゃんと私が当時の話に花を咲かせていたら、おっちゃんの奥さんが、スッと紙の束を出してきて見せてくれました。

それはなんと、今まで「タイガ」に来てくれた東洋大姫路野球部の歴代部員の一覧表。
ご夫婦のマメさと部員への愛が詰まった紙。
私たちのバカらしい紙とは雲泥の差。

ちゃんと年代別になっていて、赤印はその代のキャプテン。

おっちゃんと奥さんが毎年毎年、来る子来る子に、わざわざ名前を聞いて書き記している光景が目に浮かぶようで、眺めているだけで熱いものが込み上げてきました。

東洋大姫路野球部の歴代部員の一覧表

そして1人だけ黒枠で囲われている名前を指差した奥さん。
「この子はなぁ、地震の時に死んでもたんよ。」

1995年1月17日。
卒業して数年後、お付き合いしていた女性との結婚が決まったばかりで、2人で神戸の文化住宅のようなところに住んでいたその元部員は地震の揺れの中とっさに彼女を庇い、上から覆いかぶさる形で2人とも亡くなっていたという。

「卒業してからの事やから、私らも又聞きやねんけどね。」
そう前置きしたうえで、おっちゃんも奥さんも、まるで昨日のことのように詳細を語る姿に、その人のことを一日だって忘れたことがないのだということが伝わってきました。

その後もアン君がドラフトの当落戦上の只中にいたあの秋のことや、部員たちとの思い出をひたすらに教えてくれました。

「昔はお弁当だけでは足りへん部員たちが毎日昼休みにカップラーメン買いに来て、しまいにはもう店の奥のコンロで勝手にお湯沸かして作っとったんやから!」

「ほんでこの冷房の前で服脱いで体冷やしよるもんやから汗臭ぁてかなわんかったでホンマ!ほんで食べ終わったら今度は店の床に寝そべって体冷やしてなぁ!」

愛が、東洋野球部の子らへの愛が、もう『炸裂!』といった様子で嬉しそうに話し続けるおっちゃん。

練習が終わるのが遅くなったときには、遠くから自転車で通っていた部員を見かねて、車で家の近くまで送ってあげたこともあったそうです。

昔は姫路球場で試合があるときには売店の出店もされていました。
「あの時は自分の子供らも総動員して出店しよったんよ。東洋や姫工の試合のときはドえらい数の人が来るから、そらその日は売り上げもごっつかったよ!」と楽しそうに当時を懐かしんでおられました。

そうそう、あの頃は姫路球場に試合を見に行くとタイガのおっちゃんが売店にいて「わぁ!タイガのおっちゃんやん!」ってキャッキャ言う私たちに「おぉ!なんや試合見に来たんか!」と気さくに応じてくれたことを思い出しました。

今でもたまに野球部出身の子が顔を見せに来てくれると「うれしぃてたまらんのよ!」と言うおっちゃん。

もしこれを読まれた方の中で、お近くに東洋大姫路野球部出身者がいらっしゃる方がおられましたら「タイガのおっちゃん」にまた会いに行ってあげてほしい旨、お伝え頂ければと思います^ ^

あの時代の「タイガ」と東洋大姫路野球部の密接な関係を生で目撃できていたことの幸せを、そしてこうして20年ぶりに再会できたことの喜びに心がぽっかぽかになりました。

次回コラム
「東播地区への強い愛」

前回コラム
「私の好きな高校野球用語」

編集長

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神戸を愛し神戸に愛され続けて38年😆👍(つまり38歳)人と喋ることと文章書くことが好き過ぎて、うっかり編集長になってしまったタイプです。神戸及び兵庫県の『人』をクローズアップしたインタビュー記事をメインに、神戸っ子たちのコラムも充実♫ 地元の人にも神戸以外の人にも、軽〜く友達感覚で読んでもらえたらうれしいです😊💓

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