さて、今回は原商店さんがファーマーズマーケットに出店するようになったいきさつや、今後の展望などのインタビューをお届けします。
かくして兄弟3人全員が店を継ぐことになったが、原商店は創業以来1度も営業活動をしたことが無い。
店舗を構え、そこにお客さんが買いに来てくれるというだけだった。
神戸の台所と呼ばれる東山商店街の中に店があることもあり、それだけでも昔から忙しかったため卸業も行商もしたことは無く、取材も一切NGで一般のお客さんへの販売だけでやってきた。
湊川の手しごと市からオファー
ずっとそのスタンスでやってきた原商店だったが、10年近く前に兄弟3人で「きっと必要なときに必要な人が必要なモノを持ってきてくれるはずやから、今後そんな機会があればすぐに断らずに1回考えてみよう。」と話し合った。
するとまさかのその翌日に、湊川の手しごと市からオファーが来た。
「手しごと市を開催するにあたり、商店街の中でも本当に美味しくて、どこに出しても恥ずかしくないお店に出店してほしい。」との要請に、宏史さんは出店を決意。
ファーマーズマーケットからオファー
そしてとうふ号で手しごと市に出店を続けていると、その手しごと市で今度はファーマーズマーケットから「お豆腐屋さんには出てほしいなと思っていたのですが原商店さんの豆腐を食べて感動しました。ゼヒ出店していただきたいです。」とスカウトされる。
ファーマーズマーケットは2015年から始まり、当初は農家さんの野菜とコーヒーだけを売っていたが、神戸の美味しいものを物販したいと思っていたと聞かされた。
これがきっかけでファーマーズマーケットに出店するようになった。
原商店の三兄弟が信じた道は間違っていなかったのだ。
平日は配達、土曜日はファーマーズマーケットor手しごと市の出店と、現在宏史さんは多忙を極めている。
むしろファーマーズマーケットに出店するようになったことで「うちの店で原商店の豆腐を売らせてほしい。」というオファーも増えたが、全て断っているという。
「豆腐という日持ちのしない商品なので、自分たちの目の届かないところで売られるのは心配なんです。そもそも生産数も少ないですし。」
この心意気がまたカッコイイし、買う側としても安心感が増す。
原商店のナチュラルブランディング
原商店では、長男の諭史さんがこの25年、豆腐の製造をしている。
次男の武史さんも豆腐造りのノウハウは最初に学んだ。
宏史さんも店を継ぐにあたり父から「お前もまずは製造から始めろ。」と言われたが、職人はすでに2人いるので自分まで職人になる必要は無いんじゃないかと考え、製造の方には携わらなかった。
その代わり宏史さんはそれまで無かったショップカードや名刺を作り、よく間違えられる原とうふ店との差別化を図ることに力を入れた。
ショップカードの表には『とうふ屋 原商店』とだけ書かれていて、他の情報は全て裏面にすることで、見る人にまず最初に「とうふ」「原商店」というワードが印象に残るように工夫を。
自分の名刺の裏には家系図を載せるというユニークな試みも。
こうすることで自分達が三代目だということも一目でわかってもらえるし、家族仲の良さも伝わればとの思いからだった。
ただ思い付いたことをやっていただけだったが、知人から「それがブランディングやで。」と言われたことで、自分のやり方は間違って無かったんだと自信になった。
「でも僕は一応商売はしているけどホントの意味での商人(あきんど)じゃないなーと思いますね。」と頭を掻くが、ナチュラルにマーケティング視点を持っている方なんだと感じた。
原商店 三兄弟の取り決め
そして宏史さんは2人の兄とこんな取り決めもした。
「絶対3人でやる。店は分けない。」
製造販売業は仕事量が多くて家族5人の誰が欠けても店が回らないのも理由の1つだが、70年続いてきたこの店をせめて自分たちの代までは3人仲良く大切に守っていきたいという強い思いがある。
しかし両親も歳を取っていくので、今の形態でいつまで続けられるか不安もあるという。
これまでは本当に味だけで勝負してきたが、今後は豆腐屋を中心とした上で、色んな人と色んなことに挑戦もしていきたいと思っている。
「今までは特に大変やったことや苦労したことも無かったんですが、これからが大変だと思っています。」
原商店 とうふ屋のやりがい
最後に、この仕事のやりがいを尋ねると
「やっぱりお客さんの声ですね。僕たちが思ってる以上にお客さんからの愛を感じるんです。」と声を弾ませる。
「ここの豆腐を1度食べたら、もう他の豆腐が食べられなくなった。」
「赤ちゃんの頃からここの豆腐を食べてた子に他の豆腐を食べさせると口から出してしまう。」
「そんな声を聞くと本当に嬉しいです。」と満面の笑顔で語る。
創業者の祖父はいつも「豆腐は皆に毎日食べてもらうもんやねんから高かったらあかん!」と言っていたと父から何度も聞かされてきた。
「確かにスーパーの豆腐よりは高いですが、その分、手間ヒマかけて心を込めて造っています。今までずっと買ってくれてきたお客さんをこれからも大事にしていきたいと思っています。」
小学生の頃は父親が豆腐屋をしていることが恥ずかしかったという宏史さんだが、今や2人の兄と共に、間違いなく神戸のフード業界を牽引する一員になっている。
これからも長男の諭史さんが作った豆腐を三男の宏史さんが様々な仕掛けで売っていくのだろう。
ちなみに次男の武史さんは製造も販売もどちらもこなせるスーパーサブ的存在だそうだ!
兄弟3人いてこその原商店。
今後も我々消費者を楽しませてくれるであろう原商店に、これからも目が離せない。
次回は、宏史さんのプライベートを赤裸々に公開しますので、お楽しみに!
次回で原商店さんのインタビューは最終回となりますのでご了承ください。
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