最近、兵庫区ネタが続いているので、こちらではワールドワイドに京都の話を絡めていこう。これだけ視野を広げてもまだ関西は出られない。
さて、以前も書いたことがあるが、私は大学時代、自分の通う大学では無い京都の大学に入り浸っていた。
早い話、当時の彼氏が京都の大学で野球をしていたので、毎日のようにそこの野球部のみんなとワイワイ過ごしていたのだ。
そんなある日、彼氏たちにからかわれてめっちゃ腹が立った私は、神戸人にとって伝家の宝刀に値する最大級の罵り言葉「ダボ!」を繰り出した。
それも「ダ」の前に数秒の間を取った上に発する直前に小さい「ッ」までついてる全力の「・・ッ!ダボッ!」だ。
どうだ!これには誰もが恐れをなして平伏すだろうとドヤ顔で澄ましていたら、返ってきたリアクションは「なにそれ?」だった。
なんとその場には神戸人どころか兵庫県出身者すらいなくて、誰1人この言葉を知らなかった。でも全員関西人だったのに!
私はとても怒っているのに、全力で放った言葉が通じないなんて、ここは外国なのか?いや、京都だ。同じ近畿勢だ。
仕方なく、まずは「ダボ」の意味から説明する羽目になった。
神戸や播州では最も苛烈な罵り言葉で、諸説あるが「ドアホ」がなまったというのが1番有力だと言われていることや、諸説まで色々と述べた。仕方なく。
すると彼らは良く言えば単純なので真剣に耳を傾けてくれた上に「いやお前、そんな怒ってんねやったらそんな大事なとこで誰にも通じひんような言葉使ったら意味ないやんけ!お前の怒り、今誰にも伝わらんかったぞ!!」と熱く諭された。
私も単純なので「怒ってることは分かってくれたなら良かったわ!なんかありがとう!」となり「そんなことよりマリカーしようぜ!」とまた仲良く遊び始めた。全員アホだと話が早い。
平静を装ってマリカーでいつものように色々ぶつけられながらぶっちぎりの周回遅れを取りつつも、ダボが通じないのはやっぱりショックだった。
いくら私の出身が神戸の下町とはいえ、地元でも女子が使う言葉ではあまり無い。渾身の「ダボ」は行き場を失い、私の心の中だけをうろうろ彷徨っていた。
またある時、京都の大学前で女友達たちとバスを待っていたら、向こうの方からバスが来たのを見た友人が「あ、バスきはった!」と言った。
冗談だと思って「なんでバスに敬語なん?」と笑うと、私以外みんな京都人だった友人たちは全員キョトンとした顔で「え?なんかおかしい?」と首を傾げた。
京都や滋賀の子たちは何にでも敬語を使っていて「こないだあの子もそれ言うてはった〜!」と友達に対しても敬語だったので、「神戸では先生とか目上の人にしかそんな言い方せーへん。ほなあんたら、先生のことはなんて言うん?」と聞いてみたら「先生のことも『言うてはった』やな」
最初はバスにまで敬語を使うなんてさすが京都人は気品があるなと思ったけど、よく考えたら「バス」も「先生」も一緒くたにしているような気もするが、それに関して京都組は「そこはなんとなくニュアンスでわかるやん♪」と急に雑だった。
方言が地域によって微妙に違うのは関西に限らず、どころかどこの国でもそうらしいが、私は昔から「方言」にすごく関心が強くて小学生の頃から『全国アホ・バカ分布考』という探偵!ナイトスクープのプロデューサーの方が書かれた本を熟読していたような人間だ。
「ダボ」対「きはった」の構図にしてしまうと神戸が圧倒的に不利なので神戸の人には申し訳ないが、これが私のリアルな原体験なのでお許し頂きたい。
神戸でも西側の方言なので、東側の上品な地域では「ダボ」はあまり使われないことは強調しておく。
そして神戸や大阪では「〜しない」のことを「せーへん」と言うが、京都人は「しーひん」と言った。
京都人が圧倒的に多い京都の大学で「しーひん」を日常的に聞いていると段々つられてきて、私もいつの間にか「しーひん」派に寝返っていた。
当時、神戸人の祖母と話している時に「あ、しーひんしーひん!」と言ったら「それどこの言葉やのん!変な喋り方せんときなさい!」と叱られた。もう四面楚歌もいいとこだ。
今でも京都時代の友人たちと話していると京都弁が自然に口をついて出てしまう。
京都出身のブラマヨがテレビで「それ、えっぐえっぐいですやん」とか京都弁特有の重ね言葉を話しているのを聞くと懐かしくてうれしい。
もちろん神戸弁も大好きだし、他の地域の関西弁も少しずつ違ってて奥が深いので、手垢のつきまくった話題ではあるものの、またちょこちょこ考察していきたい。
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